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2006年5月29日 (月曜日)

総会シーズン

 4月~5月は総会シーズンです。おとといの土曜日は、私が代表理事を務めているNPO法人国際ボランティアセンター山形の総会、昨日の日曜日は、私が副代表理事を務めているNPO法人ガンダーラの総会でした。
 国際ボランティアセンター山形の総会では、台湾、韓国、タイ、モンゴルからの山大の留学生を交えて、お国料理を食べ、その後カンボジアにスタディツアーに行った、山大生4人の報告会を行い、最後に総会を行いました。
 山大生のパソコンを使っての報告は、近頃の大学生は軽いという印象を吹き飛ばす、すばらしい内容で、これなら日本の未来は大丈夫と思わせるものでした。彼らは、しっかりと、アジアの最貧国の一つであるカンボジアと日本の現状を重ね合わせ、海外援助のあり方や自分の生き方を問い返していました。百聞は一見にしかず、現場を見ることで価値観は変わりますから、若い人には是非一度アジアの国々を訪ねてほしいと思います。
 引き続く総会では、新年度の事業計画が承認されましたが、カンボジアの農村開発プロジェクトも第2段階に入ることになり、今まで支援してきたことが試されることにもなりますから、現地の様子を把握してプロジェクトが失敗しないように細かく注意を払う必要があります。
 なお、今日の総会には、茨城県のつくば、福島県の会津若松市の会員からも参加していただいたのですが、つくばの長谷川さんは車での日帰りの参加でした。50歳ぐらいのパワフルお母さんです。

 昨日のガンダーラの総会は、サポートハウスの運営母体の総会でした。一昨年6月1日にオープンし、今月末で2年になります。昨年12月頃からようやく黒字に転じ始めてきましたが、我々が介護保険のデイサービス事業に取り組んでいるのは、営利を目的にしてしているわけではありませんし、既存の社会福祉法人や医療法人がやっているものと同じないようでしたら、やる意味がないと言えます。
 介護保険で利潤を上げて、それを元手に行政ができない分野や介護保険の対象にならない、俗に隙間と言われるところに手を付けることに、私どものNPOの存在意義があるのですから、3年目を迎える総会では、ここを再確認しました。また、実際のサービス提供においては、何をおいても利用者の立場に立った介護支援をすることを確認しました。

 

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2006年5月25日 (木曜日)

靖国問題

 今日の夕刊に韓国の遺族が訴えていた靖国裁判の記事がありました。遺族の意思に反して靖国神社に合祀されたため訴えていたのです。判決は、訴えた方の原告敗訴。
 私は、以前から平和問題、特に韓国や中国との関係に関して、小泉首相とは全く意見を異にしております。靖国の問題については、自民党の中でも「国益を損ねる」と心配している方が相当数いるようです。加藤紘一さんもその1人であり、テレビの生出演で、第2次大戦について明確に侵略戦争と認め、そこを出発点としてこれからの未来志向の外交を築こうと主張しているのが妙に新鮮に聞こえました。加藤紘一さんが総理候補ならいいんですがね。
 さて、靖国を論じる時、遊就館の存在を見れば、本質が見えてきます。一度九段の靖国神社を訪ねて、同敷地内にある遊就館の展示を見てください。ここはかつて日本が行った戦争を美化する軍事博物館であることに、訪問した誰もが気づくはずです。
 5月20日付の新聞にコロンビア大学のカーティス教授が主張を掲載していました。教授は、遊就館が描いている歴史観やA級戦犯合祀に触れ、国際的な反応は日本の国益に反するものになっているのが世界の現実だと指摘しています。要するに、日本の靖国問題に対する対応は、世界の常識からはずれているということであります。
 残念ながら、国際社会の中で日本は尊敬を集める国にはなっていません。戦後処理でもドイツのように毅然とした態度は取りませんでした。ですからアジア諸国は、日本がいつまた軍事大国になるだろうと心配もするのです。
 小泉総理は、参拝に反対する理由が理解できないと言いますが、私は小泉総理の言い分が全く理解できません。憲法前文に「国際社会の中で名誉ある地位を占めたいと思ふ」
というくだりがありますが、私なりに世界を歩いてみて全く意を同じにするところです。
 平和の話になると非常に長くなるので、皆さんと直接お会いしてお話できれば幸いです。 

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2006年5月20日 (土曜日)

惜敗 国体予選会

 今朝は朝6時から駅のプランターに花の植え付けをしてきました。雨にもかかわらず、10名ほどのまちづくり塾生が集まってくれ、駅のホームで作業をしました。駅員さんも駅長を始め3人出てくれました。
 この4月から赴任したきた渡辺駅長は、福島県三春駅からの転勤です。前任の森駅長は、金山町のシェ-ネス金山という保養施設(町が51%、JRが49%出資している)に転勤になりました。森駅長は上山大好き人間で、まちづくりに非常に熱心だったため、後任の渡辺駅長も手を抜くわけにはいかないでしょう。駅の果たす役割はとても大きいものがあります。森駅長は、JRの商品である「駅長と歩く小さな旅」の企画などを通じて県内外に上山を大いに売り込んでくれました。私も新しい渡辺駅長を盛り立てていきたいと思います。

 さて、今日は国体予選の日、雨天中止かと思いきや、朝の雨も8時を過ぎると上がり、
予定より2時間30分遅れで試合開始。私たちのチーム「トップマウンテン上山」は第2試合目なので午後1時前開始。先制点を許したものの、一挙6点を入れるビッグイニングで一時は6対2と逆転リード。まじめに勝ちを意識し、明日の決勝戦のことを考えたりしたのですが、直後に逆転され、結果は10対6で負けてしまいました。私は、4点リードでノーアウト満塁の場面でリリーフしましたが、みんなの期待を裏切り逆転を許してしまったのでした。
 腰を痛めて力が入らない(踏ん張りがきかない)ことが影響してフォームが乱れているのが自分でも分かるのですが、調整できませんでした。今日は5回から9回まで5イニングを投げましたが、ホントきつかったです。やはり50歳を超えると違ってきますね。うそでなく、40歳前半の時は、壮年の中では、直球の速さは東北でも指折りだったはずなんですがね。
 みんなの守備と打撃は前回より良くなっているので、7月1日のクラス別選手権は少し期待してもいいかも。負けはしたけれど、いい汗かいて体重は一時的に1.5kg減少。78.2kgでした。まもなく6時から反省会。体重を元に戻してきます。行ってきます。
 

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2006年5月14日 (日曜日)

マスターズ大会

 昨日40歳以上の野球大会、マスターズ大会の山形地区予選がありました。ゴルフならマスターズと言えば凄いものですが、こちらはちょっと元気のいい中年の大会です。
 試合相手は、昨年まで私が10年間所属していた名門山形クラブ。平成4年の紅花国体向けに作られたクラブチームで過去5~6回国体にも出場しています。私も2回行かせていただきました。山形クラブは冬場から室内練習を重ねて、雪が融けると同時にグランドでしっかり練習を積んでいますが、対する我がチーム「トップマウンテン上山」は練習不足。明らかに試合に勝つという心構えから違うのでコールドゲームにならないようにとの思いで試合に臨みました。結果、点差は6対0で負けたのですが、9回まで試合を続けることができたのでした。
 その要因は、我がチームのピッチャーが良かったことです。(先発が石山、次に私、最後は大澤。許したヒットは5本かな。)守備さえ良ければ、つまりエラーがなければ1点か2点どまりのはずです。なにせヒットの数は我がチームの方が多いのですから。試合は勝たなければならないのですが、我がチームは試合を9回までできたこと、ヒットが相手より多かったこと、思いがけずファインプレーも1つ出たことなどで、ベンチは勝ったような雰囲気でした。
 ここ数年、地元上山にも壮年のチームを作りたいと考えていたのがやっと実現でき、昨日負けはしたけれど初陣を飾ることができ感慨ひとしおです。山形地区には、壮年のチームは4つありますが、地元だけで固めているのは我がチーム「トップマウンテン上山」のみです。上山にこだわることを第一にチーム名にも上山を入れ込んだのです。天童にも寒河江にも壮年のチームはなく、やりたい人は山形のチームに入っているのです。
  来週は国体の山形地区予選会です。「トップマウンテン上山」の本番2試合目、エラーを少なくして勝ちにいきますよ。
 そして若い者の手本になるように、更にスポーツを通した元気なまちづくりを目指して、けがをしないようにがんばります。ちなみに我がチームの選手最高齢は61歳の永田さんです。動きは40歳台です。

 午後からは私が代表理事を務めている、NPO法人国際ボランティアセンター山形の理事会に行ってきました。いつもここの会議は長いのですが、今日も午後1時から5時過ぎまで。それでも時間が足りず、18日午前10時から続開理事会を開くことにしました。
 今月27日に総会を予定しているのですが、それに向けての新年度の計画、予算議案の整理調整に手間取っているのです。私どもの団体は、年間予算約3千万円ですが、NPO法人の一番の悩みは活動資金の調達です。政府系の資金や企業の財団からの助成金などに応募して財源確保するわけですが、何年も連続して助成を受けられることはないので運営が安定することは期待できません。毎年毎年ひやひやものです。

 夜はまた野球場に行き、野球連盟の総会と監督会議兼抽選会に出てきました。上山市にも本格的な野球シーズン到来です。

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2006年5月13日 (土曜日)

南高校同窓会

 昨日南高の同窓会総会がパレスグランデールで行われました。会場がほぼ満杯でしたから500人位はいたでしょうか。今年の当番幹事は、22回卒業学年と42回卒業学年でした。再来年は、いよいよ私の学年24回卒業(昭和49年3月卒業)と44回卒業学年です。
 同窓会へ来る人も固定化していますが、やはり運動部の結束は固く卒業後もしっかり付き合いが続いているようです。私は写真部でしたので、うらやましい感じがします。
 今年から私の学年の同級生2人が教員として赴任してきました。1人は教頭、もう1人は英語の先生として。そういえば、2人とも高校時代成績が良かったなぁ。
 どこの学校でもそうでしょうが、実に多彩な職業についているものです。50歳を過ぎて、皆それなりに責任のある地位についているようで、まさに働き盛り。私も負けないで頑張らなければと決意を新たにした日でもありました。
 ところで南高は昔、山形二中時代、今の西高と一緒だったため、昨日も70過ぎの女性グループの姿がありました。私が高校1年、2年の時も山内由美子さんという女性が1人だけいました。八戸の高校の理数科から南高の理数科へ転校してきたのでした。写真部に入っていたので私も一緒に活動していましたが、撮影旅行へはお母さんも一緒に付いてきていました。彼女は今どうしているのやら。逢ってみたいです。

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2006年5月11日 (木曜日)

上山にこだわる ゆうがく塾

 昨晩、ゆうがく塾という生涯学習サークルの打ち合わせがありました。ゆうがく塾はゆうがくクラブという市民有志のグループが、地元の人や自然、歴史などに焦点を当てた市民講座で毎年5回程度行っています。教育委員会肝いりの事業ですが、企画立案はゆうがくクラブ員に任されています。
 今年は、昨晩の段階では以下の計画に決まりました。全く相手との交渉もない段階なのでこれから変更はありますが、参考までに書いておきます。
 18年度計画
  第1回目  7月 上山出身のフリーライター山川徹氏の講演会
  第2回目  9月 地元アマチュアミュージシャンを一同に集めてのコンサート
              (かかし祭りに合わせてできればいい)
  第3回目 10月 中山城跡めぐり
  第4回目 12月 上山を舞台に撮影された映画の一挙上映会(1日がかり)
  第5回目 1~2月 ケータイ電話のカメラで撮影した上山の風景写真のコンテスト
  このほか、競輪選手 斎藤登志信選手の講演会などもできれば行いたいということに なりました。とにかく地元にこだわり、地元にスポットを当てて、元気付ける企画を行うのが基本方針です。

 昨日の山形新聞夕刊に山川徹氏のルポ記事「離れて思う故郷 首都圏に住む県出身者の群像」が掲載されていましたので印象に残ったフレーズのみ紹介しておきます。
 鶴岡出身の斎藤淳さんという商社勤めのサラリーマン氏へのインタビューの内容です。

 ・・・所属する部署で東北出身者は淳だけだった。「山形県出身です」そう自己紹介した。「珍しいですね」。同僚の発言に違和感を覚えた。あるとき東京生まれの知人に流行のブランドについて話すと、「山形県人に言われたくねえよ」と返された。もちろん相手は冗談半分だったろうが、そこには山形に対する先入観が内在している。
 「最近、沖縄に対して、格好良いとか癒しとかプラスのイメージがあるでしょ。でも、山形の場合は雪深い、貧しい、そして田舎。そんなマイナスのイメージしかないよね。どちらも正しいとは思えないんだ」
 淳にとってアメリカは「自分が外国人、つまり日本人であることを再確認する場だった」。そして、東京は自分が山形県出身者であることを強く意識した街だ。
 留学時代、アメリカの友人に料理を振る舞ったことがある。淳は山形の納豆汁を作った。九州出身の留学生が出した物は冷や汁。「東京で生まれ育った人間に、納豆汁や冷や汁のように自分が食ってきた味だ、と自信を持って出せる料理があるのか」と思う。その反面、「生まれ育った場所を変えることはできない。だとしたら、自分のルーツをポジティブに考えていくしかない」とも感じている。
 東京で働き始めてから、こんな思いを抱いた。「山形県人だから一生懸命に仕事しているわけじゃないんだけど、山形県人はいい仕事するな、と思われたら嬉しいかもね」・・・

 
 

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2006年5月10日 (水曜日)

あいさつされたら返すこと

 3年前のこの時期、矢来四丁目の信号のある交差点で交通事故が発生したことがあります。その保護者は、教育委員会と学校の対応が悪い、挙句の果ては市会議員は何をしているんだと周囲に当り散らす始末。それを契機に、1学期間だけ立哨するようにしたのですが、私は横断歩道の誘導だけでなく声がけに気を払っています。
 通学は班毎に行っていますが、あいさつを元気にする班とそうでない班、その落差は相当なものです。自分からあいさつしなくとも、相手からあいさつされたら、せめて元気よく返したいものです。ひるがえって自分の子供はどうかと問われれば赤面ものですが。
 ちなみに同僚の尾形みち子議員も金生の信号のない交差点で立哨しています。

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2006年5月 9日 (火曜日)

古屋敷に村人帰る

 今日、ニッポン国古屋敷村の築150年の古民家の掃除を手伝ってきました。6月4日にこの家をお借りして、岡林立哉さんの馬頭琴とホーミーのライブコンサートを行うため、私も掃除をお手伝いすることになったのです。所有者は、金生の花屋さん。花屋さんのおじいさん(78歳)と娘婿の加藤さんと一緒に、3人でゆったりと掃除をしてきました。毎年この時期に掃除をして、5月第3日曜日のお祭りに備え、そして雪が降るまで金生から通って古屋敷暮らしを満喫するわけです。
 さて掃除ですが、最初に畳を上げて天日干し。スタイロ畳なので軽くて楽ですが、昨年冬前に畳を上げないで一冬経過したため、床と畳にはカビがはえていました。そしてまた、驚くことに畳の下などあちこちからカメムシが出るわ出るわ。それも生きている奴が。そういうことで、カビの臭いとカメムシの臭いを堪能しながら掃除が始まりました。
 畳上げの後は床掃除。ほうきと掃除機でカメムシとごみを綺麗にした後、モップで拭き掃除。掃除した部屋は、10畳間が2つと、15畳が1つ。部屋はそのほかに立派な蔵にもあるのですが、そこは今回は手を付けず。
 床の後は、雪囲いのはずしなど家の周りを綺麗にし、その後、囲炉裏に新しいストーブを取り付けて薪を燃やし煙で薫蒸。ブリキのストーブも今は中々手に入らなくなっているらしいが、工藤金物店から1万円弱で購入した由。外は鶯が盛んに綺麗な声を聞かせてくれる中、久しぶりに煙たい空気を楽しみました。
 そうしている中、隣の家人が声をかけてきました。おばあさんと一緒に里帰りのようです。次には、向かいの畑を耕しに来た元住人が訪ねてきました。彼は、「ここは人間の住む所ではない」と言います。その意味は、「ここで子育てをしながら生計を立てることは困難だ」ということでした。季節のいい時期にたまに来るには最高でしょうが、通年暮らすには本当に大変だと思います。
 その古屋敷に定住者は、尺八製管師の永井先生と弟子の星野さん一家のみ。夏場のみ時々来る人は、花屋さんを含め3軒かな。リフォーム予定の萱葺き古民家が1棟。葉山温泉の古窯が所有していて再生可能な家が1棟。後は朽ち果てるしかないのでしょうか。
この冬も山形の人が所有している萱葺き家の屋根が落ちてしまったそうです。

 この先、古屋敷をどう残していけばいいのでしょうか。日本の原風景を残す村。
 午後2時過ぎに8人の写生の女性グループがトイレを借りに訪ねてきました。東京から来たそうです。レンタカーで来て、写生をして3時20分に帰ると言っていました。
 6月4日、限定70人のライブをやることを通して、来たお客さんに古屋敷を再認識していただきたいし、このすばらしい古屋敷が持っている財産を上山市としてどう扱うべきか、皆さんのお知恵をお借りしたいと思っています。
 残念ながら、花屋さん宅の隣の真壁仁資料館も閉じてしまいました。保存することは並大抵ではないですね。
 

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2006年5月 5日 (金曜日)

審判不足

 今日はこどもの日。金華山のお祭りの日でもあります。
 私は、高校野球の審判。このゴールデンウイーク、野球の試合は毎日あります。つまりそのことは、山形地区野球連盟の審判が毎日活動しているということです。我が上山班の審判もそれぞれ割り当てを消化しています。5日間毎日審判という人も出てきます。本当に頭が下がります。
 試合は、審判がいて始めて成立するのですが、一流選手ほど審判に対する敬意は少ないような気もします。審判業界も若手が少なくて、高齢化が著しく進んでいます。縁の下の力持ちというような黒子の存在。1試合の報酬は、ガソリン代・洗たく代込みで日当700円プラス弁当1つのみ。身支度は自前。主審の道具は全部で10万円程度。完全なボランティアです。しかし、間違えばその責任は極めて大きいのです。高校生は命をかけて甲子園を目指しているのですから。
 そんなに大変なら辞めてしまったらいいじゃないかという人がいるでしょうが、この世界、1回入ったらヤクザと同じで抜けさせてくれないのです。誰か審判する人いないでしょうかね。
 審判のやりがい? それは選手の爽やかな好プレーを誰よりも間近に見ることができることでしょうかね。それも無料で。他は、人の役に立っているという自己満足かな。
 ちなみに私は、5月7日も天童市民球場で審判することになっています。
 

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2006年5月 4日 (木曜日)

べごにげだ音頭

 久しぶりに永野の上の原にある山川牧場に行ってきました。そこで見つけたのが、新作「べごにげだ音頭」です。前回の「べごにげだ」と歌詞もメロディーも同じなのですが、歌っているのが吉見さんという民謡歌手なので、こぶしが効いて中々趣があります。吉見さんは寒河江方面の方らしく、CDには「べごにげだ音頭」と月山の自然を詠った「ふるさと讃歌」が収められています。観光バス会社には、月山道を通る時には「ふるさと讃歌」を、エコーラインと通る時には「べごにげだ音頭」を流してくれるようにお願いしているとのことでした。ちなみにCDは1枚1000円です。
 毎年父の日には、山川牧場でイベントとやっているので皆さん来てくださいとのお誘いを受けました。今年は6月18日の日曜日です。乳の日ですよ。

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2006年5月 3日 (水曜日)

三吉山お祭り

 先月25日投稿していらいの久しぶりのブログです。ブログは人に見られることを前提に書いているので、あまり変なことも書けませんし、ある程度自分の頭をまとめる時間が必要になります。そういう意味では、この間せわしなかったのでしょうね、私としては忙しさを特に意識していませんでしたけど。
 さて、今日は金生の三吉山の祭礼でした。午前10時から頂上の祭壇で神事があるため、1年ぶりに登りました。今は昔と違い、ミニゴルフコース場まで車で行けるので、そこからですと約30分で登ることができます。先ず驚くのは、ミニゴルフコース場の登山口脇に1haほどの公園が整備されていること。そこは、金生と中生居を結ぶ「林道 大金入線」をまたいで整備されようとしています。金生の五十嵐さんという方が個人で整備しており、3年かかって約2/3の整備が終わったとのこと。湧き水を利用して滝を作ったり、水のみ場を作ったり、桜や欅を植えたりしていました。昨年登った時には、まだ全貌が見えず将来どのように景観が壊されるのかと心配もしたのですが、今年見た限りでは、里山の雰囲気を保ちながら休憩場所として良い具合に整備されるのかなとの感触を持ちました。五十嵐さんによると、ここは羽州街道が整備される以前、京都に上る街道らしく、そのことが古文書に書いてあるとのことでした。

 このほか、三吉山の整備については、間伐も適度にされており、頂上付近にも新たに眺望のきく見晴らし場を作る計画もあるとこのことで、この先いい里山になる予感を得ました。市の西側に位置する、西山は温泉街から近いし、「ひめさゆり」も咲いており、観光とも結び付けやすい優れた里山ですが、三吉山は上山の市街地から山形までを一望でき、途中の岩塊もめずらしく、是非多くの市民に訪れてほしいと思います。
 昨年の今頃、林野庁で森林セラピーの基地の候補地を募集していました。県内では小国町が立候補し、先だって指定を受けていたようです。
 上山市としても、「癒し」をキーワードに、森林の持つ「癒しの力」と温泉の持つ「癒しの力」、そしてイザベラ・バードが賞賛した「景観」と「もてなしの心」の癒し、この組み合わせによって、全国に発信できないかと考えています。森林の効用について、みなさんも再評価してみてください。

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