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2006年11月29日 (水曜日)

研修生という名の奴隷労働

 11月10日から10日間、中国人研修生の劉さんという女性を保護しておりました。保護といっても寝場所の提供と若干の食事の提供ですが。
 彼女は35歳で、中国に夫と5歳の子供を残しての日本への出稼ぎでした。名前ばかりは「研修生」となっていますが、日本で技術を覚えるわけでもなく、日本語を覚える研修でもなく、まぎれもなく「研修生」の名を借りた低賃金労働者を日本に送り込む仕組みとして存在しているのが「研修生」の実情です。逃亡防止のため、パスポートは半ば強制的に取り上げられ、給料(研修手当と呼ばれている)も強制的に雇用主が積み立てているのでした。
 研修生は、あくまで研修のため労働とは言わないのですが、禁止されているはずの残業もさせられて長時間働かせられているのです。時給は、最低賃金をはるかに下回っており、430円でした。研修のため、日本の労働基準法は適用されないことになっていますが、実態として労働の形態をとっている以上、私としては日本の国内法、すなわち労働基準法に定める最低賃金が支払われるべきと考えます。
 奴隷のように逃げられないようにして、不当に安く働かせる研修制度は即刻廃止されるべきです。今全国的に問題が多発しているため、国も研修制度の見直しをやるようです。
 今研修生として来日しているのは、中国、ベトナム、インドネシア、ブラジルなどが多いようです。多くは中小企業で働いているようですが、法外に安く外国人を雇用して企業が利潤を得るような仕組みは廃止すべきと思います。
 彼ら研修生は、祖国を出国する時に、送り出し機関を通すのですが、その送り出し機関から土地や現金を担保にとられて日本に来ているので、1年間の契約期間の途中で帰国すると契約違反を問われ、担保の土地や現金を取り上げられるので、途中で帰ることも出来ない状況にあります。
 こんなことが山形でもあり、会社とトラブルを起こした劉さんを保護することになったのでした。彼女は、泊まる所がないため何日間コンビになどで夜中過ごしているところを警察に保護され、山形市役所を通じて、IVY(国際ボランティアセンター山形)に相談に回されてきたのでした。
 彼女は、これ以上迷惑をかけられないといって私の手元を離れていきましたが、今頃どうしているのだろうか?
 貧しくても故郷で家族一緒に暮らし続けてほしいと願っています。

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2006年11月18日 (土曜日)

カンボジアから戻りました

 かなりご無沙汰です。9泊10日の銀婚旅行から戻ったのが11月5日です。日本の現実の世界に戻ったら、忙しいこと、この上ないです。先週からは、中国人の研修生(35歳、女性)を保護していることもあり、また2年6ヶ月やってきたデイサービスを先月末で締めた後の残務処理ありで、多忙な日々を過ごしています。
 10日間の長旅はドラマの連続で、書こうと思えば膨大な量になります。先ずは、国際ボランティアセンター山形(IVY)の機関紙に寄稿する原稿をそのまま転載します。写真はクリックすると拡大なります。最初の写真は、桂林の山の頂きに立つ妻。次はベトナム側から見たカンボジア国境、3つ目はバイクに乗る中学生、4つ目はカジノをバックしたIVYのトラック。

 バックパックの銀婚旅行     IVY代表理事 枝松直樹

1027日から910日で、妻と一緒に中国・香港・ベトナム・カンボジアを回ってきました。今年は結婚25周年、価値観を共有するためにも配偶者同伴の旅はいいものです。 Dsc00857

コースは、広州→桂林(興坪)→深圳→香港→ホーチミン→スバイリエン→ホーチミン→香港→広州。今回は、ベトナムから陸路カンボジア・スバイリエンに入りましたが、そこには時代を映したドラマがありました。(国境からスバイリエンまでは車で約40分。)

異常な国境周辺~カジノ~拝金主義~ワイロ社会Dsc00876

国境周辺は異常な感じ。ベトナム側は大規模な工業団地の造成中。反対にカンボジア側はカジノを建設中。現在4件のカジノがあり、更に4件建設中らしい。きれいな別荘もあった。

国境に差し掛かると、タクシーを降りないうちからベトナム領内なのになぜかカンボジア人がタクシーに乗れとうるさく寄って来る。

客引きを避けてベトナムのイミグレーションの建物に入ると、身分証明書を胸に付けた担当官らしき者が机の前に「座れ」と指示してきた。そして「パスポート」と言うので私はパスポートを渡した。そしたら続いて「スタンプを押してやるからマネー、マネー」と言う。「いくら?」と聞くと「1人あたり20万ドン」とのこと。USドルで13ドルほど。私は、即座におかしいと思ったのでパスポートを取り返し、奥へと進んで行き、そこに座っていた係官に「あいつらは一体何者だ」と尋ねると、分からないといった仕草。

公的な役所の建物内でこんなことが許されるのか。

出国カードを提出し、一旦外に出て、今度はカンボジアのイミグレーションへ。まず、ビザの申請。1人20USドルがなかったので、ベトナムドンで支払うといったら40万ドンと言う。1ドルは1万5千ドンなので30万ドンのはずだが、係官はパスポートを預かったままだし、譲る気配はない。やむなく2人で80万ドンを払ってビザを取得、その後入国審査を終え、健康診査カードを別の係官に出すと、その係官、「ほかにペーパーはないの?」とのこと。私が聞き返すと「ほかにないの?」を繰り返す。私は、表情から直感で「これは金を要求している」と分かったが、意味が分からないふりをしていると、次の客が後ろにきたため、係官は「行け行け」と手で追い払う素振り。

やっとカンボジア入国を果たすと、先ほどの客引きがまた着いて来てタクシーに乗れと

いう。とりあえず無視して両替のために噂のカジノへ。ラスベガスのカジノほど派手ではないが結構客が入っていて、そこはまさしく博打場であった。

 翌日、1号線沿いの食堂で菊地さん達と昼食を取っていると、サイレンの音。見ると、パトカーに続いて軍隊車両、それに続くことベンツなどの高級車の車列、その数7~8台。運転手のサルーン氏によれば、政府の高官がカジノに遊びに行くのだという。人が働いている平日の昼間にばくちとは何事か。隠れていくのならまだしも、堂々と行くこの国、この体質があらたまなければ未来はないと思った次第。
 IVYの新規プロジェクトでは、このカジノに野菜を供給するという話しもあるが、供給できれば確かにいい収入にはなるだろうなぁ。それでいいかなぁとは思いつつも。
 スバイリエンの中心部に新しく綺麗な映画館ができていた。バイクの数が増え、近隣の農村からバイクを運転して映画を見に来ていた中学生に出会った。Dsc00887

 1泊10ドルのワイコーホテルにはレストランが併設され、冷たいビールを飲むこともできるようになっていた。これって発展していることになるのだろうか。

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