昨日サンデー議会が行われました。傍聴者は39名。上小での運動会、また各地区でも運動会などのイベントがあり、中々傍聴者は増えない状況にあります。
9人が一般質問をし、1人30分の持ち時間でしたが、20分あるいはそれ以下の人も多く、午後1時過ぎには終わってしまいました。
さて、私が提案した、楢下宿の整備構想。滝沢屋の再移築、橋本屋の買収復元、山田屋の整備については、滝沢屋の再移築は、一旦整備が終わっていることと費用がかさむためにできないとの答弁。橋本屋は買収、解体復元する、山田屋も解体し復元する計画で本庄地区に提案するとの答弁。私としては、山田屋は解体せず現状を整備するにとどめ、滝沢屋の再移築を何とか実現してほしかったのですが。
それでも今の「コの字型」の羽州街道周辺に2件古民家が増え、5件になるわけですから、インパクトは格段に強くになります。滝沢屋の再移築は将来への宿題とせざるをえないようです。
次に、大黒屋の茶の間となか間を隔てている土壁を取り除いて帯戸にしてほしいとの私案は、文化財の原型保存の原則からできないとの教育委員長と教育長の答弁でした。
とても残念です。私の「文化財は市民が利用することによって更に価値が高まる」との主張はご理解いただいたのですが、役所の厚い壁は破れなかったということです。実際のところ、撤去しても何ら害のないものだと思うのですが、原理原則の壁ですかね。
楢下宿の整備と今後の活用
(1)新清掃工場建設に係る地域振興策を活用した整備について
楢下宿については、現在、下町の大黒屋、庄内屋、新町の武田家、そして移転した滝沢屋の4軒が整備されています。しかし、滝沢屋は地区のはずれに位置しており、他の3軒も点在しているような状況にあるために、楢下宿の宿場の面影は弱いと言わざるを得ません。やはり大内宿や木曽路の宿場などを見ても分るとおり、集積させることが一番のポイントであろうと思います。
そこで、思い切って、滝沢屋を元の家の向い側、すなわち、現在の大黒屋の北隣の空き地に再移築することを提案いたします。さらに、眼鏡橋脇の橋本屋の買収復元と覗橋脇の山田屋の整備を行い、往時の楢下宿に少しでも近づけるべきと考えます。
楢下宿特有のコの字型の街道周辺に6軒の古民家が集積すれば、かなりのインパクトのある史跡として注目を浴びることになります。
さらに、古民家ではありませんが、山田屋の北西斜め向かいの大正時代に建てられたという家屋も、将来保存に値するとても雰囲気のある建物です。
これらの建物を中心にして、コの字型の街道部分を整備し、これにお寺を加えて一週する周遊コースとして整備することができれば楢下宿の価値は格段に高まるものと思います。
このエリアには、豆腐屋さん、醤油屋さんが営業をしていて、昔ながらの手作りの本当に質の高い製品を作っています。また、川沿いでは、こんにゃく屋さんもかつて商売をしていたわけで、串差しのこんにゃくを提供することなどは容易なことであります。
散策をしながら、地元の食べ物を食する、これも大きな楽しみになります。
まず、ハード面を整備し、次にソフト面の整備を考えるとき、次々と構想はふくらんでいきます。 そこで問題となるのが財源ですが、これは、柏木地区に建設される新清掃工場に係る地域振興策の事業費を充てることが可能でないかと思います。地域振興策の事業費は、建設費の5%を上限に建設予定の当該地域に交付されることになっており、建設費が仮りに150億円とすれば7億5千万円が上限となります。入札により、建設費が下がったとしても、6~7億円が見込まれると思われます。
現在、本庄地区では、検討委員会を設置して本庄地区内の各地区から出された要望の取りまとめを行っているようです。その中では、公民館の改築や温泉の掘削などが出されていると側聞しております。
私は、地域の要望は要望としても、市としまして、行政としての今後の地域振興策との整合性を図る観点から、市の考え方を積極的に示していくべき時期ではないかと思います。そして、その中に、楢下宿の整備構想をきちんと入れるべきでないかと考えるのです。
今回の地域振興策の事業を逃せば、この先の楢下宿の整備はおぼつかないと思います。柏木地区という南陽市との市境に清掃工場が建つということをマイナスと捉える方もいると思いますが、それをプラスにするのが楢下宿の整備でもあります。新清掃工場が柏木地区に来ることを最大限に活かす道を考えるとき、楢下宿の整備は一番優先度の高い事業であると確信いたします。
楢下宿は上山市の貴重な文化史跡でありばかりでなく、二市二町はおろか日本の貴重な文化史跡であるという公共性の高さがあり、地域振興策の事業費を充てたとしても地域エゴと称して反対する方はおられないでしょう。
本庄地区としての地域振興ビジョンの策定にあたっては、地区との合意が前提になるでしょうが、早急に楢下宿の整備ビジョンを本庄地区に示すことが今必要なことと考えます。
そこで市長の所見を伺います。
私が提案している、地域振興策の事業費を活用した整備について、すなわち、滝沢屋の再移築、橋本屋と山田屋の整備についてはどのようにお考えでしょうか。
そして、滝沢屋の再移築については、補助金の返還、起債の一括償還が生じるのか、もし発生するとしたら、その金額も併せて伺います。
(2)古民家の活用について
古民家は文化財であり、適切に保護して皆さんに見ていただくことが第一義であろうとは思いますが、私は、「文化財は、使うことにより、よりその価値が高まる」と思う次第です。古民家も、上山城も同様です。地域の文化財に地元の市民が触れて、それを誇りに思う、そのことが故郷への強い愛郷心や、地域づくりへの熱意へとつながっていくのではないでしょうか。尾形家の毎年のコンサートはすっかり定着して好評を博しています。
楢下宿でも、大黒屋や庄内屋で民話やコンサートのイベントが行われていますが、より使い勝手を求めることが、文化財の価値を高めることにつながるという観点で、私は、大黒屋の茶の間と中間を仕切っている壁の撤去を求めたいと思います。壁の撤去は私自身何年も前から聞いていた話ですが、一向に進まないため、住民も諦めているようです。たかが壁1枚のことですが、文化財のあり方に問題提起する意味でも今回一般質問で取り上げた次第です。
大黒屋の茶の間と中間を仕切っている壁は、元々住んでいた粟野さんから聞いた話では、大正時代は壁ではなく、帯戸だったといいます。今現在の壁の両脇にある、帯戸が壁の部分にもあったというのです。復元するにあたり、設計士が多分、江戸時代には壁になっていただろうと推定して、今の壁を作ったのではないかと思われます。はっきり断定する材料がない中での推定でだったと思われます。それでできたこの壁ですが、両脇の柱との接合部分には隙間があり、壁面を指で押すと、ぐにゃぐにゃする代物で、建物の強度とは全く無縁の代物です。
この壁もどきの代物が、茶の間と中間をつないでイベントをする時、非常に空間を遮って邪魔になるのです。これを何とかぶち抜いて、取外し可能な帯戸にしてほしいと思うのですが、ご所見をお伺いします。この件につきましては、教育委員長の答弁をお願いいたします。
それから、前段にお話ししたように、私は、「文化財は、市民が利用することによって、よりその価値が高まる」との考えに立つわけですが、一例として、古民家の中で煮炊きをし、食べ物を提供して収益を上げ、それを古民家の維持経費に充当するなどのアイデアも頭から否定されるべきではないと思います。やる気があれば制度的な制約もクリアできるのではないかと考えますし、今後の維持経費の捻出を考えれば、大胆な発想も必要かと思います。
つきましては、今後の楢下宿の古民家の活用のあり方についても、教育委員長のお考えをお伺いいたします。
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