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2007年11月29日 (木曜日)

由布院のご一行様上山へ

 一昨日、由布院の旅館関係者15名ほどが、3泊4日の研修旅行の初日に葉山温泉に一泊していかれました。一行は、由布院温泉の今日の発展の礎を築いた、中谷健太郎氏を頭に県内に3泊4日の研修旅行に来たのでした。由布院と上山の交流は、随分と濃厚なものがあり、今回寄っていただいたのは、今までのお付き合いがあればこそで大変ありがたいことです。
 私も2度ほど、中谷さんの宿(亀の井別荘)にお邪魔したことがあります。残念ながら、料金が1泊3万円ほどですので泊まったことはないのですが、その都度中谷さんから、含蓄のある中谷哲学を伺ったものです。カリスマというにふさわしい方と言えます。
 中谷さんたちは、「住んでいる人が住みやすいと感じる町こそ優れた観光地」という信念のもと、自衛隊演習場移転反対運動やダム建設反対運動、環境保全運動、時には選挙運動など地域の生活環境を守るための運動を継続してきました。それは、行政に依存しないで、時には行政と対峙しながらの取組みでしたが、自分達が住む地域は自分達でつくるという熱い思いが底流にあったのでした。その辺の活動の記録は、復刻版の「花水月(はなみずき)」という本に綴られています。
 「花水月(はなみずき)」は昭和45年頃の活動を記録したまちづくり誌ですが、それを読めば、今日の由布院の繁栄は、一朝一夕でできたのはなく、30年もの長い取組みの成果であることが理解できます。
 一方上山は、私にすれば、まだ、まちづくりの種を蒔いたばかりだと思っています。ちょっと酷な言い方をすれば、今まで市民の自立的な動きがあまりなかったのではないかと思われます。
 ですから、すぐに成果を求めないで、あきらめないでこれから息の長い取組みが必要だと思います。

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2007年11月26日 (月曜日)

山と暮らす 山で暮らす人々

 一昨日は、前回のブログに書いたとおり、宮城県中山平温泉を舞台に中山平流グリーンツーリズムを展開している「中山平 山村日曜学校」の忘年会に参加してきました。(日曜学校の内容は、ホームページをご覧ください。)
 仙台市や古川市などの熟年世代の方々との交流を楽しんできたのですが、彼らのパワフることには驚きました。上山からは6名が参加し、最初は、ギャラリー漆木舎(うるしごや)という漆工房で、上山のそば名人 大風さんが手打ちそばを皆にごちそう。辛味大根で食べる名人のそばは絶品。皆さん歓声を挙げながら食べていました。
 夜は旅館に場所を変えての大宴会。3次会まで9割参加でした。日曜学校と上山のこれからの交流を誓いあった良い交流でした。上山から2時間ですから、皆さんも訪ねてください。
 翌日は、東鳴子温泉の大沼旅館の主 大沼伸治さんを訪問、今年3回目の訪問。偶然にも午前11時から山守りシンポジュウムを旅館の別宅で行うのこと。20名ほどの少人数なので私も飛び入りで参加、山の木を使う文化についてお話しを伺いました。これからは、森を地域資源として大いに活用していく時代だと再認識しました。
 講師の1人に荒野真司さんという、縁台を作って全国各地、そしてバルセロナまで縁台文化を広げている人に出会いました。縁台のうんちくは彼のホームページに譲るとして、上山の街角のあちこちにも縁台を設置したいものです。それも上山オリジナルな物を。
 シンポジュウムの前にちょっと時間があったので、旅館「みやま」の板垣さんを訪ね、情報交換。板垣さんも農と観光の結びつきを実践している方で、ひなびた場所に素敵な旅館を営んでいらっしゃいます。
 シンポジュウムが終わってから昼食をいただきました。無農薬の新米で品種は、ひとめぼれでした。おかずは、漬物と塩ときのこ汁。いやぁ うまかったー。
 午後1時過ぎに失礼して、上山へ。その日は、蔵王緑の騎士団の総会だったのです。2時開会でしたが、私は遅れて3時半ころ、永野のこまくさ分校へ到着。総会後懇親会があったのですが、私はお茶で失礼しました。緑の騎士団は森林ボランティアで、私は今年から入団させていただいた新参者。山のことを勉強したいと思って入団したのでした。
 家に帰ってゆったり。一日の最後は、点と線を見て寝ました。

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2007年11月23日 (金曜日)

中山平 日曜山村学校

 今日は山形も久しぶりの晴れ。これから宮城県大崎市中山平温泉(鳴子の手前)に行って、地元で「中山平 日曜山村学校」というグリーンツーリズムを楽しんでいる人達との交流会に行ってきます。上山からは、そばうち名人が2人を含め6名ほどが参加予定です。
 「中山平 日曜山村学校」では、仙台市などの都市住民を相手に4月から11月まで月2回農作業体験をしてもらい、都市住民に農のすばらしさや農村の価値観を正しく理解してもらおうと試みています。校長先生は上野健夫さんという方で、昨年上山に来て忘年会をやっていただいたのでした。そんなこともあり、今年はこちらからお邪魔することになったのです。尾花沢から山刃伐峠は雪が多いのだろうか?

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2007年11月22日 (木曜日)

東京は晴天 山形は大雪

 昨日から今日にかけて東京に行ってきました。新しく柏木地区に建てる清掃工場建設のために、藤沢市と世田谷区内の施設を視察してきたのです。藤沢では、公設民営のDBOという運営手法を、世田谷では流動床式ガス化溶融という燃焼方式を中心に視察をしたのです。平成24年に試運転、25年本稼動の計画ですから、工事開始は平成21年度中になる模様です。安い経費で環境に最大限配慮された工場を作るために提言をしていくつもりです。
 さて、東京は、昨日も今日も雲一つない晴天。同じ日本でこの差。愕然というか、唖然というか。この雪が、山形県人の粘り強い精神力を作る源になっているのでしょうね。 

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2007年11月19日 (月曜日)

山元のそば祭り

 昨日雨の中、山元のそば祭りに行ってきました。私達グループ5人はお昼ちょっと前に到着したのですが、午前10時に始まって12時に終わるという大胆な時間設定のため、お客さんはすいていました。
 午前11時に本庄公民館前を出発した女子駅伝を、保健センター前で応援してから移動したので正午前に着いたわけですが、祭りの時間設定を何とかしてほしいものです。私達が食べ終わったころは、ステージでの祭りの出し物も終わりでした。
 それでも全体としては盛況だったようで、主催者のみなさんご苦労様でした。そばの味? もちろんおいしかったです。
 帰りに、玄関先で売っていた胡桃をお土産に買ってきましたが、今まで見たことがないような大きな胡桃で感動しました。山元産で400円、中国産とは違います。

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2007年11月15日 (木曜日)

沢庵禅師の供養と沢庵付けの漬け込み

 昨日、春雨庵で、沢庵禅師の供養祭と沢庵漬けの漬け込み式が行われました。主催は山形県漬物協同組合で、議長代理で私が出席しました。
 沢庵禅師は、紫衣事件で幕府の怒りを買い、1629年から1632年まで足掛け4年、上山にちっ居させられていました。その時に、沢庵漬けを民に教えたそうで、春雨庵には「沢庵漬け発祥の地」という石碑が建っています。真偽のほどは疑わしいのですが、全国どこからも文句が来なかったそうですから問題はないでしょう。何事にもストーリーが大事ですから、この種のことは、あまり的外れ出ない限り、どんどん創作しても良いと思います。
 沢庵禅師が上山で漬け方を教えたのは、京都で行われていたやり方を教えただけという話しもあるようです。
 それはさておき、昨日の漬け方ですが、沢庵禅師と同じ漬け方だそうで、樽の底に塩を1升入れ、その上に米ぬかを敷き、その上に大根、そしてまた塩、米ぬか、大根という具合で、150本を漬けました。1年前に同じようにして漬けた沢庵漬けを食べてみましたが、しょっぱくて飲み込むのに大変でした。昔の漬け方は、保存食ですから浅漬けではなかったのですね。 
 ところで、現在、明新館高校で、上山特産の沢庵漬けを開発中で、来年2月頃にデビューするそうです。楽しみです。

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2007年11月13日 (火曜日)

スペシャルオリンピックス

 昨日、河北町で県民福祉大会があり、細川佳代子さんの記念講演がありました。
 彼女は、元総理大臣 細川護熙さんの妻であり、3人の母親でもあります。その彼女が、10数年前にスペシャルオリンピックスの存在を知り、以来、アメリカでは良く知られているこの大会を何とか日本に根付かせたいと精力的に、まさにライフワークとして日本中を走り回ってきたのでした。
 その甲斐があって、2005年に長野でアジアで初の世界大会を開くことができたのでした。しかし、まだまだその存在を知っている人は少なく、来年3月7日から3月9日まで開かれる山形大会の成功のために昨日も講演をしたのです。
 講演の中で、「障害者が健常者と解け合って日常生活を送っていると思いますか」との国際比較アンケートのお話しをしておられました。ドイツでは、約82%の人が、障害者も社会の中で健常者と同じように生活できていると答えたの対し、アメリカでは52%、日本では、18%しかいなかったそうです。ドイツと全く逆の数字です。
 日本では、障害者はまだまだ生きにくい社会であり、「日本に生まれた不幸」という言葉も現実味をおびて聞こえます。ノーマライゼイションという言葉も空虚に聞こえてきます。
 細川さんは、「障害」という言葉がこの世からなくなり、「個性」とか「特性」という言葉に置き換えられる社会が来るまで運動を続けていきたいとおっしゃっていました。
 講演が終わってから、私の後ろの席の人達が、パラリンピックとどこが違うのかと話していましたが、あれほど講演の中で訴えていたことが理解されていなかったのかと思うとがっかりします。しかし、これが現実の姿なのでしょう。
 このブログを見てくださった方は、是非、スペシャルオリンピックスをインターネットで検索してみてください。そして、来年の大会の成功のため協力しましょう。会場に足を運んで声援を送るだけでもいいかと思います。私も何がしかお手伝いをしたいと思います。

 ちなみにスペシャルオリンピックスは、アメリカのケネディ大統領の妹 ユニス・ケネディ・シュライバーが創始者です。姉のローズマリーが知的障害者で、両親は彼女を外に出さず世の中から隔離した状態で育てていたことに憤慨した、ユニスが自宅に知的障害者を招待して交流を始めたのがきっかけだそうです。
 スペシャルオリンピックスの大会は感動の連続で、欧米での大会は大勢のボランティアに支えられて実に盛大に開催されているそうです。
 

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2007年11月12日 (月曜日)

ホーミーと馬頭琴のコンサート

 昨日、楢下の庄内屋で、岡林立哉さんによるホーミーと馬頭琴のコンサートが開催されました。昨年、古屋敷でやり好評でしたので、今年も来ていただいたのですが、人数が40人程度で昨年の半分ほどでした。
 馬頭琴の伸びやかな音色、ホーミーの神秘的な音に参加者は感動されたのではないかと思います。楢下宿保存会の方々による大根となめこのみそ汁や味噌田楽、あぶり納豆餅の振る舞いなどもあり、楽しいひと時を過ごさせていただきました。岡林さんも大変満足されて帰られました。楢下の方々ありがとうございました。
 

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2007年11月 8日 (木曜日)

山形大学が上山へ進出

 昨日の朝刊に「かわでん」(旧 川崎電気)の中央研究所ビルを山形大学が購入したとの記事がありましたが、上山にとってはうれしいニュースです。
 このビルは、7年間も使われずにきて、4車線道路から良く見える時計も止まったままになっており、上山の沈滞した現状を象徴しているようで、私は、ここを通るたびに何とも悲しい想いに駆られるのでした。それがようやく買い手が付いてビルに命が吹き込まれるのですから、全くうれしい限りです。
 研究施設として使うわけですから、直接的な市へのメリットはすぐにはないと思いますが、今後、市内の産業界や教育界への波及効果が出てくるものと期待しております。
 私としては、時計の針だけでも動いてくれることがうれしいです。

 ここ数日晴天続きで、実にすがすがしい毎日です。一昨日、中生居の大金入り林道から入ったところにある、風穴を見て来ました。下生居の尾形家の当主に案内していただいたのですが、途中、ブドウ畑の紅葉のすばらしい所がありました。思わず写真を撮りましたが、一緒に行った皆が感嘆の声を挙げました。ブドウの品種によって、赤くなったり黄色になったり、それは見事でした。Dvc00016_m写真をクリックしてください。拡大します。
 ところで風穴ですが、夏涼しく、冬暖かいので、戦前に蚕の種を育てた穴倉として使っていたようです。石垣が積んであり面影はあるのですが、屋根は落ちており、地域の史跡として整備するには厳しいと感じてきました。この時期だからでしょうか、空気の流れも弱く風穴の特徴があまり感じられませんでした。でも確かに冷たい風は石垣の間から出ていました。

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2007年11月 5日 (月曜日)

賑やかな一日でした

 一昨日と昨日の2日間開催された上山市産業祭り、賑やかでした。市の一番のイベントといってもいいでしょう。
 私の狙い目は、長芋と「北醇」という西郷地区のローカルブランドのワインです。金谷の長芋は何といっても日本一、そして「北醇」は本数が限定されていて希少価値で、安くて味が良いいため毎年買っています。
 室内のアリーナでは、お菓子や地元特産品が多数売られていましたが、私は、友好都市「ドナウエッシンゲン市」のコーナーを2時間ほどお手伝いしてきました。そこでは、ヒューステンベルグという貴族の紋章と名前が入った長靴型のビールグラスを買いました。
 ドナウエッシンゲン市では、街中の店のグラスは紋章と名前入りで統一されているとのことで、上山でも飲食店や宿で使うグラスは、すべて案山子マークと上山温泉の文字入りに統一すれば、観光客に対しても強いインパクトを与えることができると思うのですが。いずれ提案していきたいと思います。
 昨日は、果樹園地帯をサイクリングする、ツール・ド・ラ・フランスのイベントもあり、賑やかな一日でした。

 そんな賑やかな一日を更に賑やかにしてくれたのが、民主党党首、小沢一郎の辞意騒動。まだ情報が少なくて判断はむずかしいのですが、暗澹たる思いであります。社民党の福島瑞穂さんですら、インタビューの中で「残念です」と悔しがっていました。一方、自民党の上山市議は、今日ニコニコ顔で私に話しかけてくるのでした。共産党支持者は別にして、多くの人が落胆しているのではないでしょうか。期待はずれというか、裏切られたというか。安倍総理と小沢代表、唐突な辞め方はそっくりです。
  しかし、評論家 森田実氏のコメントは、なるほどと思わされるものでした。「民主党にとって小沢氏の辞任はマイナスではない。逆に1人の権力者に頼る現状から脱却する好機と言える」
  参院選での民意をこの先どう政治に活かしていくのか、はたまた時計の針を元に戻してしまうのか、大きな岐路に立たされてしまいました。
 

 

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2007年11月 1日 (木曜日)

ケアマネージャーの更新研修終わる

 今日から霜月、寒さが本格化します。昨日、一昨日とケアマネージャーの後期の更新研修が県庁であり、延べ7日間にわたる研修が終わりました。150名ほどが受講していましたが、皆さん期「間が長い長い。しんどかった」と異口同音に感想を述べていました。
 制度改正で5年ごとに更新しなければならなくなったのですが、現在ケアマネに従事していないため期間が7日間と長かったのでした。
 介護保険制度は平成12年4月に始まったのですが、私は、当初から介護保険制度の成否の鍵はケアマネージャーが握っていると主張し続けてきました。介護保険担当係長として市内のあちこちで説明会などを通じて喋ってきたのでしたが、制度の改正を重ねる中で、少しずつケアマネージャーの役割が見直され、ようやく専門職としての位置づけが確立されつつある段階まで来たかなと感じています。しかし、まだ国家資格という位置づけではなく、これから専門職としての実績づくりが求められるということでしょう。

 11月18日に山元のそば祭りがあります。1人前700円。200gだそうですが、1枚では足りないでしょうね。ほしい人は、山元公民館に電話してみてください。℡675-2311。通の人は、下足の天ぷら持参で行くそうです。

 県会議員の吉田明さんの実母が亡くなりました。元気のいい、本当に息子思いのお母さんでした。明日午後2時にセレモニーホール山形で神式での葬儀があります。
 選挙では、小さい体にリュックサックを背負い、街中を歩いていたのを思い出します。後ろから警察が見ているのも知らず、戸別訪問まがいのことをして、周囲をはらはらさせたものですが、本人は楽天家で一向に気にしない人でした。
 吉田県議を支えた偉大なお母さんでした。心からご冥福をお祈りいたします。

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