« おわら風の盆 | トップページ | 迫害を受けた民 »

2008年8月25日 (月)

富山視察パート2

 一昨日の夕方無事に富山から戻りました。八尾では金曜日に商工会に出向き、まちづくりの経過をレクチャーしてもらいましたが、八尾の街並みの見事さはさすがと思います。市街地が江戸時代の町屋風に整備され始めると、隣や周辺の建物も具合が悪くなり連鎖反応のように外観を直すようになるものです。郵便局や銀行も修景するようになります。北陸銀行では、コンクリートの建物に木の格子を貼り付けていました。あと4~5年すれば完成形に近づくのではないかと商工会長が話しておられました。
 しかし、間口が2間ほどのうなぎの寝床の町屋は、住むには具合が悪いのです。間取りが制限されますし、隣とは壁1枚ですからプライバシーの確保も難しいのです。
 それで、快適さを求めて若者が富山市内などへ移り住んでいるのが現状です。おわら風の盆は25歳以下の若者と子どもが踊る祭りです。さらに、町内単位で踊る祭りです。ですから、子どもがいない、空き家が出て定住者がいないとなれば、祭りは維持できません。生活がない所に祭りはないのです。今のままでは祭りが維持できなくなるというのが八尾の最大の悩みと言えます。
 循環型というのは、農業や環境だけでなく、生まれる⇒成人する⇒結婚する⇒老いる⇒新たな命が生まれるという循環が地域の中でうまく回らないと地域は消滅していくわけです。

 八尾の後は、富山市内で開催された、第6回全国街道交流会議に参加してきました。最近、東海北陸自動車道が開通したので、北陸と名古屋中京圏が3時間ほどで結ばれます。
 今回、北陸で盛んにスクリーンに映し出されていたのは、環日本海時代の北陸の地理的優位性を主張した逆さ地図です。これは、日本列島を北(上の方)にして、大陸を南(下の方)にくるように左回転した地図です。これを見ると、不思議に日本海が湖に見えて、北陸が中心に位置することが確認できます。ロシアのウラジオストック、中国、朝鮮半島にアクセスするに最適の場所なのです。これからは、環日本海の時代と言われています。酒田港も含めて、裏日本を返上するときがやってきたようです。
 さて、街道交流会議は、第1回が山口県萩市、2回目が静岡県富士川町、3回目が上山市、4回目が愛媛県松山市、5回目が岐阜県高山市となっており、私は第2回目から続けて参加しています。今回は、上山からは、私の会派3人のみでしたが、法被を着て羽州街道上山をアピールしてきました。そしたら、萩市の市長から名刺をいただき、今度は吉田松陰先生を介した羽州街道との交流をしましょうとのお話しをいただきました。二井宿峠は、幕末に吉田松陰先生も歩いているからです。
 街道は、土地と土地を結びつけますし、人と人をも結びつけるのです。6月に下田にさくらんぼを売りに行ったのも、全国街道交流会議での下田街道との交流が縁でした。
 

|

« おわら風の盆 | トップページ | 迫害を受けた民 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« おわら風の盆 | トップページ | 迫害を受けた民 »