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2010年8月15日 (日曜日)

終戦の日にあたって

 今日は65回目の終戦記念日。抑圧されていた側からみれば解放記念日または独立記念日になります。韓国では光復節といいます。
 昨年のこの日のブログには、敗戦記念日とすべきではないかと書いていました。しかし、その後10月13日付ののブログに、この「終戦」という言葉には、戦争には勝者にも敗者にも厭戦気分がただよい、早くこの戦争を終わらせたい、この戦争で最後の戦争にしたいという意味での「終戦」という気持ちも込められている、と書きました。
 侵略戦争の性格を曖昧にするための終戦では受け入れることができませんが、私たちがこの終戦という言葉に積極的に非戦の意味づけすることができれば、受け入れることもできると思います。ちょっとへ理屈のような気もしますが。

 さて、終戦の日が近付くと毎年戦争がらみの番組が放映されます。今年は韓国併合100年にあたるためか、昨晩もNHKで日韓の青年の討論番組が放映されていました。はっきりいって、歴史認識において大きな開きがありました。韓国の青年は、「日本人は歴史を知らな過ぎる、だから心からの謝罪もない」となじり、日本人は「既に謝ったじゃないか、これ以上誰に謝ればいいんだ」と簡単に未来志向へ向かおうとしています。

 過日、菅総理大臣が、日韓併合100年にあたっての談話を閣議で決定した上で発表しましたが、この談話に反対する党内の議員もいました。彼らの主張は「謝罪外交は良くない」というものでした。こういう議員がいること、また靖国神社へ大臣はじめ大勢の国会議員が参拝することは、朝鮮半島や中国の国民には到底許せないことです。
 「これからは仲良くやっていきましょう」と言いながら、一方で相手の嫌がることをするというのでは信用されません。
 これから日本が隣国である中国や韓国々と共存関係を築いていくつもりなら、この100年間の歴史を我々が問い直すことが不可欠だと私は考えます。
 朝鮮李王朝の最後の妃、閔妃暗殺(角田房子著、新潮文庫)などは絶好の資料になると思います。読んでいない人には一読をお薦めいたします。

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