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2010年9月21日 (火曜日)

国旗を踏みつけること

 中国が俄然日本に対し強気に出ています。
 どこの自治体にも日中友好協会がありますし、上山をはじめ農村部には多くの中国人妻が嫁いでいます。昔から国家というものはどうにも始末の悪いもので、一国民同士では仲良くできても国家というよろいを着ると途端にいさかいが起きるのです。世界は一家、人類皆兄弟とはならないのです。
 経済的には抜き差しならないほど密接な関係にある日中、米中ですから、ここは大人の対応を期待しています。
 それにしても、相手の国旗を足で踏みつける行為は、許されるべきではないと思います。相手の存在そのものを認めない、抹殺に通じる行為だと思います。冷静な中国人もテレビで映してほしいものです。

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コメント

こんにちは、いつも興味深くブログを拝見させていただいています。
さて、
>一国民同士では仲良くできても国家というよろいを着ると途端にいさかいが起きるのです。
と言っておきながら、
>相手の国旗を足で踏みつける行為は、許されるべきではないと思います。
と書かれるのは矛盾していませんか?
国旗が国家を現すものとするならば、
(枝松さんが
>相手の存在そのものを認めない、抹殺に通じる行為だと思います。
と書いているので国旗が国家を現していると考えました)
一番、国家というよろいを着ているのは枝松さんではないですか?

>一国民同士では仲良くできても国家というよろいを着ると途端にいさかいが起きるのです。
ということが分かるのなら、国旗なんてくだらない、そんな布切れ一枚踏んだから何なのだ(もっと言えば、国家なんて近代社会の幻想にすぎない)、という立場には立てないですかね。

さらに「大人の対応」という言い方にも、「中国」に対する上から目線を感じずには居られません。
何をもって大人とするのか、一方的な価値観(あくまでも枝松さんの価値観であって「日本の」ではない)の押しつけがありますし、そのことに関連して、日本が間違ってはいないという無条件の前提がある感じがするからです。「日本」が「間違っていない」と思うのと同じように、「中国」は「自分たちは間違ってはいない」と考えているはずです。「日本」にとって船長の勾留が当然の行為だとしても、中国側からみればその行為が「大人の対応」には映っていないこともあり得るわけです。前提として「間違っていない日本」対「間違っている中国」という構図がなければ「大人の対応」などという言葉は出ないと思うのですが、いかがでしょうか。

投稿: はぬる | 2010年9月21日 (火曜日) 午後 09時13分

 コメントありがとうございます。
 しかし、御指摘の内容が私の思考能力の限界を超えており、何とお答えしたらよいか困り果てております。
 国旗のことですが、家でいえば表札、上山市の旗など対外的な顔みたいなものだと考えますし、時として民族の強いアイデンティティを体現したものということもできるでしょう。私は、国が意味をなさないという意味での無政府主義者ではありませんので、国家というまとまりは意味があるものと考えます。(自治体の合併も、住民自治のまとまりの単位としてこだわる方が多いので破談になったりするのでしょう)
 一方で私は、偏狭な民族主義者、国粋主義者ではありませんし、国に優劣をつける気など毛頭ありません。
 
 大人の対応ということですが、私は、大人の対応を日本側にだけ求めいるのではなく、中国側にも双方に求めているつもりで書きました。私の文章からはそう読めないでしょうか?

投稿: 枝松直樹 | 2010年9月22日 (水曜日) 午後 06時42分

コメントの返事をここに書こうとしたのですが長くなりすぎ、
またここでやり取りをするのも失礼かと思い、私のブログに載せました。
よろしかったら、ご批判のほど、よろしくお願いします。
トラックバックできないのでURLをはります。

http://blog.goo.ne.jp/hanulgwapada/

投稿: はぬる | 2010年9月23日 (木曜日) 午後 02時05分

 はぬるさんのブログにコメントを書いたのですが、なぜか反映されませんでした。
 もう一度同じことを書くのも気が進みませんのでここで失礼いたします。
 私は、東北の田舎の貧乏な農家に生まれ、世の中の矛盾を貧困の中から考えてきましたので、私には無意識の優越感は無縁のような気がします。
 そうでなければ、私が関わっている、国際ボランティアセンター山形の活動などは虚飾ということになります。
 しかし、私の息子など今の若い世代と話していると、右翼的な感じを受けることがあります。若い世代にこそ、無意識の優越感が存在しているのかもしれません。

投稿: 枝松直樹 | 2010年9月24日 (金曜日) 午後 12時39分

おかしいですね、コメントそのものが届いていませんでした。
時間を余計にとらせてしまったようで、申し訳ないです。

「無意識の優越意識」は、国際連帯を叫ぶ人々の中にもありますよ。
私も含めて、多かれ少なかれ日本人の中にはあるように思います。
テレビで最近、
「独特な日本」「伝統・歴史のある特別な日本(伝統・歴史がない国なんてありませんよね)」
ということが強調されているにもかかわらず、
そのことに無批判であることも、一つの例と言えるかもしれません。
ともかく、何か問題があった時、
意識せずに「日本」の基準で考えてしまい、
相手の基準を考えないまま判断してしまうことも、
「無意識の優越意識」の一つと思います。

ただ、「無意識の優越意識」があるからと言って
「国際ボランティアセンター山形の活動」が虚飾になるということはないと思いますよ。
むしろそういった雰囲気の中でも国際交流を進めようという姿勢はすごいことだと思います。

若い世代の右翼化は、テレビなどが垂れ流す「意識的な優越意識」のたまものでしょう。

投稿: はぬる | 2010年9月24日 (金曜日) 午後 10時49分

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