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2010年10月31日 (日曜日)

金谷ゴボウ

 山形大学の広報誌「みどり樹」最新号45号を読んだ方はいるでしょうか?
 その中に、アルケッチャーノの奥田シェフと山大の江頭准教授の在来野菜についての対談記事が掲載されています。
 対談の中で奥田シェフは、「今私がもっとも注目しているのは、上山市の金谷のゴボウ。フランスの三ツ星レストランで使われるような品格があります」と語ってくれています。これって最上級の讃辞と言っていいのではないですか。それなのに地元ではほとんど話題になっていない、このギャップ。
 私は早速、ある農家に電話して手に入らないかと頼んだのですが、最初は「金谷で採れるゴボウ」と勘違いしたようでした。そこで、在来の「金谷ゴボウ」という品種であることを説明し入手を依頼したのですが、果たして食することが叶うのか。なお、金谷ゴボウは、今制作中の「よみがえりのレシピ」というドキュメンタリー映画の中にも取り上げられている野菜です。
 上山には、市内で名が通っているローカルブランド野菜として、小笹のうるい、久保手のアスパラ、金谷の長芋などがあります。紅柿だって日本で上山にしかない種です。
 これらはほんの一例ですが、only oneを大事にしたまちづくりをしないと駄目ですね。
 上山の伸びしろは充分あるのです。何もないなどと卑下する必要はありません。卑下する人は、上山を知らな過ぎるだけだと思います。
 そこで、次の言葉。「汝の足元を掘れ、そこに泉あり」。この言葉は、選挙戦でも歌えていきたい言葉です。

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2010年10月27日 (水曜日)

無縁社会

 今日は寒い一日でした。蔵王エコーラインは、昨日に続けて通行止め。
 飯豊に行ってきましたが、雪が間近に見えました。運転手さんが、「(紅葉前の)青い山に雪が降ると秋が長い」との言い伝えがあると説明してくれました。果たして冬の訪れが遅くなるのでしょうか?

 一昨日、寒河江市で県民福祉大会が開催されましたが、講演は、無縁社会についてでした。年間32,000人もの引き取り手のない遺体があるそうです。他人と関わりがない人がひっそりと死んでいっているのです。
 今、「お話し相手サービス」がビジネスとして繁盛しているそうです。10分間で1,000円が相場です。ネットで検索してもすぐ見つけられます。夜7時過ぎになると業者の電話が鳴りっぱなしということでした。それだけ、孤独な人が多いということでしょうか。
 人間とは、「人の間」と書きます。一人だけで生きてけるものではありませんし、人と関わりながら生きている存在だと思います。だから社会的動物とも表現されます。
 私が住んでいる金生も新興住宅地ですので、隣は何するものぞになりがちな地域です。是非有縁社会にしなければと思います。 

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2010年10月25日 (月曜日)

名取市との交歓試合に幕

 昨日は姉妹都市である名取市との交歓野球試合がありました。30年間続いた恒例の試合でしたが、昨日の試合を持って終了と相成りました。名取市野球協会の役員さんが世代交代が進まず高齢化したのがひとつの要因と聞いています。上山市野球連盟も長年同じメンバーで確かに病人が増えています。
 プレイヤーは楽しくプレーをすれば満足なのかもしれませんが、大会が開催でき試合ができるのは、大会を企画する人たちがおり、審判をしてくれる人たちがいるからだという事実を忘れないでほしいと思います。裏方さんの存在に意識を向け感謝の念をもってもらえればと思うのです。

 さて今日は、寒河江市で県民福祉大会があり、廊下で知事と偶然顔を合せ、来春の県議選にからんで激励のお言葉をいただきました。メールで激励をいただいたり、徐々に戦闘モードが高まり気が引き締まる思いです。

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2010年10月22日 (金曜日)

県議選立候補表明

本日の山形新聞朝刊に私の県議選立候補表明の記事が掲載されました。
 上山市職員として20年間上山市の行政の
仕事に携わり、その後市議という立場で2期8年ほど行政の仕事を見てまいりましたが、現在の市町村の仕事は、広域連携と県の支援が欠かせないポイントになっています。国からの支援ということにおいても、間に県が入ることになるのが常であります。
 
かつて合併が進み地方分権が進んで権限と財源が市町村に与えられれば県はいらなくなるとも言われた時がありました。
 
しかし、現実は、平成の合併は思うような成功事例もなく、合併した自治体もしない自治体も、山形県内の市町村の多くは人口減少でやせ細り、将来の展望が描けず危機的な状況にあります。
 
そういう中で、効率的な行政運営をめざす広域連携が盛んに提唱され、自治体間で補完し合う定住自立圏構想などが浮上してきたのであります。そして、県の支援も欠かせないばかりか、今まで以上に市町村に対する役割が増してきているというのが現状でないかと考えています。
 
私は、大学卒業後、鮭がふるさとの川へ戻るように帰郷しました。東京での就職は選択肢にありませんでした。人間らしい生活をするには、やっぱり山形だ、東京では無理だと考えていたのです。
 
そして、帰郷後、青年団に入り地域のことを議論し、役所勤めをするようになってからは、生涯学習活動、地域づくり活動のグループに入り、市会議員になった今日まで活動を続けてきました。しかし、なかなか自己満足の域を脱することができずにいることも否定しがたい現実かと自己評価しています。
 
 
今回立候補を決意したのは、上山市をはじめ市町村がおかれている現状、そして、私が今まで取り組んできた市民による地域活動の経験を重ねた合わせた時に、県全体の中に上山市の発展を位置付け、オール山形の一員として全国へ発信し、上山市を活気に満ちたまちにできないかとの思いからであります。
 
上山市単独では、現下の荒波に抗することはむずかしいと思います。ここは、オール山形の発想で行くべきでないかと思うのです。
 
その際、上山市選出の県議会議員として上山市の抱える課題解決に寄与し、上山市の発展に寄与できる議員として活動したいと考え立候補を決意したのであります。

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2010年10月18日 (月曜日)

奥州街道・羽州街道まつりへ出店

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 福島県桑折町で行われた、奥州街道・羽州街道まつりにまちづくり塾で出店してきました。桑折町は、奥州街道から羽州街道が分かれる、羽州街道の起点となる町で、町の中心部に追分があります。
 小さい町ですが、なかなかの人出で地域の一大イベントです。商工会青年部の協力体制がすごくいい様子が伺えました。
 まちづくり塾の商品は、食用ほおずき、アイス、荒井工房さんの鋳物の委託販売などですが、桑折の方も財布のひもは固かったです。食用ほおずきの認知度も山形に比べかなり低いようで、「ほおずきをたべるの?」と言って、顔をしかめる人が何人かいました。ショック。
 隣の出店は、十日町の十五屋さん。特製の柔らかいチーズケーキが売れていました。
 私が羽州街道の起点と終点の地名を知ったのは、まちづくり塾に入ってからです。
 桑折と上山は羽州街道を通じて地理的につながっていますし、今回の出店も同じ宿場町の縁があってのことですが、他の地域とも街道以外のいろいろなことをきっかけにして地域間交流を盛んにしていきたいものです。

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2010年10月16日 (土曜日)

NPOの役割発揮

 明日は、福島県桑折町で行われる奥州街道・羽州街道祭りに、上山まちづくり塾として出店をしに行ってきます。出店料は無料です。
 食用ほおずきのパック詰め、明新館のほおずき愛す・ベニバナ愛す・ベニバナ若菜愛す、ほかの品物を持って出かけてきます。
 以前行った時には、丹野こんにゃくやの主と一緒にこんにゃくを売ってきたことがありますが、かなりの数が試食でプレゼント状態でした。
 桑折町は奥州街道から羽州街道が分かれる所で、つまり羽州街道の起点になる所です。ですからお付き合いは大事にしなければなりません。全国街道交流会議第3回全国大会を開催した上山市としては当然のことです。
 市内十日町の十五屋さんも出店し、かつ太鼓もたたいてくれるそうですが、ありがたいことです。
 行政ではなかなか動ずらいところでも、フットワーク軽く動けるのが民間でありNPOです。
 行ってきまぁ~す。

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2010年10月13日 (水曜日)

サンホセ鉱山救出劇

 何といっても今日の一番のニュースは世界中どこでもチリの救出劇でしょう。
 あまりの感動的なドラマに思わずもらい泣き。まさに奇跡的なショーとなりました。
 しかし、救出劇に目を奪われて見落としがちになりますが、考えてみれば、このような事態になったことが問題視されなければなりません。
 この鉱山、以前から死亡事故を繰り返し、管理運営体制に問題がありとして行政指導を受けていたようです。人災なのですから、この責任はきちんと追及されなければなりません。
 この鉱山、閉山されるのか、奇跡の帰還を果たした鉱山として保存されるのでしょうか?
 先ずは全員の救出を願うばかりです。

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2010年10月12日 (火曜日)

古屋敷の古民家火災

 先週土曜日に古屋敷で火災があり、古民家3棟が消失してしまいました。罹災された方々には心からお見舞い申し上げます。
 今朝近火お見舞いに行ってきましたが、まだ焼け焦げた匂いがただよい、骨組みが激しい火災を彷彿とさせる光景でした。
 映画「日本国古屋敷村」の舞台になった、日本の原風景ともいえる村として存在感が見直されている中での火災ですから、誠に残念無念です。失われたものを再度作ることはできません。
 火元になった家屋は、以前私も泊まったことがありますし、ホーミーと馬頭琴のコンサートでも使わせていただいたことがあります。
 茅葺き屋根にトタンをかぶせた屋根のために消火にかなり手間がかかったようです。また、土蔵ですが、明かり採りの窓から炎が入って一気に内部が燃えたとのことでした。
 古屋敷を保存しようとしている会の方々もさぞかし肩を落としておられることでしょう。
 今回のことをみても、何百年も風雪、災害に耐えて存在し続けるということは、その事実だけでも意義があることと思います。

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2010年10月 7日 (木曜日)

かかし商品券はお得

 上山市のかかし商品券を初めて買い使ってみました。今までは短期間で売り切れることから遠慮して買わなかったのですが、今回はお楽しみ抽選もあるということなのでカミンに行って券を買い、カミンで買い物をしてまいりました。500円券22枚が1万円で買えるわけですが、その半分がヤマザワで使えない券になっています。ヤマザワは集客能力があるので敢えてこの券の対象にしなくとも客は集まるということでの対処策なのです。
 さて、このかかし券を使いガソリンを入れてきました。リッター126円でしたが、1割引と同じですから、113円40銭です。券は500円単位での使用ですから現金も少し併用しますが、それでも114円程度でしょう。バイパス沿いのスタンドのプリペイドの最安値でも118円ですから、それより安いことになります。お得です。
 個人の購入限度額は5万円、家族では30万円が限度だそうです。みなさんもどうぞお買い求めください。201010071330000_2 

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2010年10月 6日 (水曜日)

高山市議団来訪

 昨日、友好都市の飛騨の高山市の議員御一行が来て、今日帰りました。
 高山市は、江戸時代の面影を色濃く残す国際観光都市です。まちに統一感がある雰囲気のあるまちです。
 上山市とは、1692年に高山藩の金森頼時という殿様が上山藩に転封(国替え)されてきたことが縁となっています。
 高山市は、2005年に周辺の9の自治体と合併してできた日本一面積の広い自治体で、その広さは東京23区と同じくらいだそうです。人口は94000人あまり。ご多分にもれず毎年人口は減少しています。
 議員は、合併特例で現在36人。来年の選挙では24人に絞られることから、大激戦の選挙戦になることでしょう。
 議会の役割は何か、議会への市民の信頼を得るための取り組みなどについて意見交換をしましたが、河村市長の名古屋市が近いことなどもあり、議会への風当たりはかなり強くなっているそうです。
 大阪府の橋本知事の発言などの影響もあって、現行の二元代表制の在り方についても今までになく議論が盛んになっています。
 議員個人任せでなく議員をもっと有効に働かせる仕組みというか仕掛けは必要だと思います。

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2010年10月 3日 (日曜日)

爽やかな秋空の下

 今日は午前中は上山小学校で総合防災訓練の参観、午後は本庄地区の羽州街道まつりにちょこっと顔を出し、その後、スポーツ少年団の審判をしました。

 今、上山小学校の改築にあたり、移転か今の場所か議論がなされていますが、現地に立って考えてみると、やはり市民会館の敷地と合わせて現在の敷地がいいのではないかと自分なりに考えてきました。
 学校だけでなく、コミュニティ施設、クアオルトの中核施設などとの合築をすべきと思います。源泉もそばにあることですし、温泉プール付きの学校を作り、そこを市民もクアオルトで訪れる観光客も利用するのです。上山城や武家屋敷など観光施設が学校の近くにあることを逆に他の学校と違う優位性として活かすことを考えるべきかと思います。
 
 羽州街道まつりでは、午後から大抽選会とステージでの芸能まつりがあるのですが、趣向を凝らしたものが次々と出て率直に楽しめます。
 地区民一丸となって楽しめるお祭りはいいです。とても賑やかでした。写真は、関根の消防団の出し物で、「エグザイル」ならぬ「セキザイル」だそうで、軽やかにステップを踏んでいました。また、高畠町の女性グループも友情出演で踊ってくれました。
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