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2011年4月20日 (水曜日)

今月いっぱい休みます

 明日21日から娘の結婚式に行きますのでブログも今月中は休みにします。
 選挙後のブログに、温かい励ましの言葉や厳しく反省を促す言葉がある一方、茶化したような言葉も見受けられます。匿名社会のなせる技でしょうか。
 この先このブログもどうしたものか考えています。

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2011年4月19日 (火曜日)

原子力政策への意見募集中

 JVCの旧知のスタッフから以下のメールが届きましたのでご紹介しますので、皆さんも応募してみてください。

「内閣府が今後の原子力政策に対する世論の意見を募集中です。
直接政府に届きます。数が勝負です。というメッセージが回ってきました。」

http://p.tl/Ze2l

 私は、脱原発を進めるために多様な自然エネルギー開発を推進すること、特に小水力発電や山林の木材活用を早急に進めてほしい旨を意見として出しました。

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2011年4月18日 (月曜日)

ドイツとノルウェー気象庁の放射能拡散予測図

 昨日知人から、梅田DMクリニックのホームページに日本の原発事故に関して、ドイツ気象庁とノルウェー気象庁が作成した原発の拡散予測図(シュミレーション)が出ているので多くの人に流してほしいとのメールがありましたのでご紹介しておきます。
 http://umedaclinic.jp
 私には真偽のほどが分かりませんが、これを見る限り日本全体に拡散している様子が伺えます。日本政府が完全に情報公開しているのかとの疑問も出てきます。国際基準は日本より厳しいようです。

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2011年4月15日 (金曜日)

 昨日、悲哀の仕事(mourning work)書きましたが、スペルを間違えている方がおられます。朝のmorningとは違います。

 さて、敬愛する農民詩人 真壁仁さんの峠の詩をご紹介します。 

     峠

                真壁 仁

峠は決定をしいるところだ。

峠には訣別のためのあかるい憂愁がながれている。

峠路をのぼりつめたものは
のしかかってくる天碧に身をさらし
やがてそれを背にする。
風景はそこで綴じあっているが
ひとつをうしなうことなしに
別個の風景にはいってゆけない。
大きな喪失にたえてのみ
あたらしい世界がひらける。
峠にたつとき
すぎ来しみちはなつかしく
ひらけくるみちはたのしい。
みちはこたえない。
みちはかぎりなくさそうばかりだ。
峠のうえの空はあこがれのようにあまい。
たとえ行手がきまっていても
ひとはそこで
ひとつの世界にわかれねばならぬ。
そのおもいをうずめるため
たびびとはゆっくり小便をしたり
摘みくさをしたり
たばこをくゆらしたりして
見えるかぎりの風景を眼におさめる。

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2011年4月14日 (木曜日)

悲哀の仕事(mourning work)

 今朝から交差点に立って小学生の交通安全指導を再開しました。昨日まで3日間はPTAがあいさつ運動をしていましたので今日から始めたわけです。そしたら、やっぱり新入生は要注意。班長が渡っている途中赤信号にになったにもかかわらず、後ろの1年生2人が置かれるとまずいと判断したようで赤信号の中を横断してしまったのです。私が立っている反対側の横断歩道なのでどうにもできませんでした。危ない危ない。

 さて、今日、私の敬愛している精神科の医師からメールをいただきましたのでご紹介します。その医師は、私に悲哀の仕事(mourning work)という言葉を教えてくれた方です。
 人間は誰しも、喪失体験を重ねながら生きています。
 大事な人、大事なもの、大事ななにかを失った時に、最初は驚き、否定します。「エッ ウソー」。そして次の瞬間、ウソでないと分かった時に大きな悲しみの段階に入ります。この段階で自殺する人もいます。この悲しみの段階を上手に乗り切ると、「あきらめ、受容」の段階に入ります。現実を受け入れるということです。そこから再起へと向かうわけです。
 この一連の過程をモーニングワークというのですが、人生ではこの仕事を上手に繰り返すことが求められます。以下は私のメールに対しての医師の返信です。

枝松さん
もちろんmourning work でしょう。
力が出て来ないのは、仕方のないことです。正常な反応なのですから。
こんな時に元気でいるのであれば、即刻精神病院に紹介します。
今こうやって敗北感を感じ、浸り、受けとめることが、次のあなたを見出す糸口になるでしょう。
人間は、失いながら生きています。そして、同時に新しい何かを手に入れているのです。
新しい何かは、既にあなたの心の中で芽吹き始めています。
その芽に気付くのは、あなた以外の誰でもないのです。
あなたの気付きを、眼差しを送ってくれることを、その芽は待っています。

 明日は、私の卒論の対象でもあった尊敬する農民詩人、真壁仁先生の「峠」という詩をご紹介したいと思います。

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2011年4月11日 (月曜日)

感謝、感謝です。

 昨晩から敗北感にさいなまれています。しかし、やるだけやったので悔いはありません。妻も同様です。
 みんな、「またがんばれ」と励ましてくれますが、「はい」と素直には応えられません。選挙というのは自分だけでなく、家族を始め周囲を大きく巻き込みます。負けた時にそれがつらいのです。
 敗因はいろいろあるでしょうが、投票率の低下が大きかったようです。一度も投票をしたことがない若い人がかなりいるとか。誰がやっても同じという雰囲気も漂っています。
 それにしても遠藤代議士は自分自身の選挙をしていましたね。

 今後のことは白紙ですが、生計を維持するために何か仕事をしないといけません。手負いの傷を癒しての新たなスタートとなります。

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