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2011年6月21日 (火曜日)

生きることにどんな意味があるのだろうか

 上山の寿仙寺の葬儀に行きますと、住職が毎回、四苦の話をされます。生老病死、生きる苦しみ、老いる苦しみ、病気になる苦しみ、死に直面するときの苦しみです。
 今朝の毎日新聞に、佐藤藤三郎さんが自身の連載コラムの中で「生きることにどんな意味があるのだろうかと考え込んでしまう」と書いておられました。
 さらに、昨今の高齢者の一人暮らしの生活実態や無理心中の状況を見るにつけ、「・・・・もはや命を守ることは尊いことではなく、つらさであり苦労であるように思い知らされる・・・」と率直に心情を吐露しておられます。文中での藤三郎さんの指摘を待つまでも無く、生きることは楽しくなければならないと思います。楽しさ、つまるところ幸福感を伴わなければ、一体何のために生きるの?、となってしまいます。これは、都市と山村を問わず共通している問題です。残念ながら長生きを素直に喜べなくなっている悲しい現実があるのです。

 また、子どもの姿をほとんど見かけなくなった山村の現実に対しても、藤三郎さんは、「今ある命を大切にし、新しい命の誕生を待ち望んでこそ前途に光が見える」と鋭く指摘しています。やまびこ学校の教育をしても村の現実は時代に抗し切れなかったということでしょうか。
 

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