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2011年9月 6日 (火曜日)

学校給食発祥の地、食の都の看板が泣いている

 数日前の新聞に、鶴岡市議会に旧羽黒町での自校給食を守る請願書をPTAが提出するとの記事が載っていました。旧羽黒町地域の小学校では自校給食を行っているのですが、これを給食センターからの配送に切り替えることに対しPTAが署名運動を行ったというものです。よその町のことに口をはさんで恐縮ですが意見を述べさせていただきます。
 鶴岡市といえば、日本の学校給食の発祥の地です。センター化は、学校給食の発祥の地の看板、そして「食の都・庄内」の看板をかなぐり捨てるものに通じると考えています。
 センター化は、そろばん勘定からの発想に間違いありません。そろばん勘定なら学校給食などやめるべきです。逆に、教育の一環として行うならもっと徹底して内容を充実させるべきです。
 高知県南国市では、「教育のどまん中に食育を」をキャッチフレーズに学校給食の充実に以前から取り組んでいます。クラス分の電気炊飯器270台を購入し、炊き立てのご飯を子どもたちに食べさせる取り組み。それも地元の棚田米です。おいしい炊き立ての米を食べることは、とても贅沢なことのようにも思えます。
 庄内は日本でも有数の米どころ。そして、アルケッチャーノの奥田シェフが言うように食が自慢の土地柄なのでしょう? 炊き立ての日本一の米と地物のおかずで食べる給食は日本一の給食にほかなりません。
 優れた食を子どもたちに味わわせることは、庄内に生まれたことに誇りを持たせることにもなりますし、極めて教育的な価値が高いと思います。お金で買えるものではありません。 自校給食に勝る給食の方式はないのです。関係者は分かっているのですが、予算の効率化に負けてしまうわけです。
 21世紀、とりわけ今年の3月11日以降は、価値観の大きな転換が求められていると思います。これからは、農村、田舎、農業が持っている人間くさい非効率と考えられている営みが尊重される社会が到来するのではないかと思います。
 学校給食を軽くみてはいけません。上山をはじめ多くの自治体でセンター化が進められていますが、「食べること」をもっと大事にしなければならないと反省を込めてこのブログを書いています。羽黒はまだ間に合う。
 以上私見を述べさせていただきましたが、気分を害した方がおられましたらお許しください。
 
 
 

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