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2012年3月30日 (金曜日)

年度末3月31日の過ごし方

 明日、IVYが昨年4月から気仙沼と石巻で展開してきた、キャッシュフォーワークプロジェクトが終了するため、その解散式・慰労会を南三陸町で行うことになり、私も現地に行くことにしました。
 IVYでは、4月以降も被災地支援は続けていくことにしており、気仙沼では保育ママ制度を活用して託児所支援を行います。「つぼみ保育園」という認可保育所が壊れて廃園となってしまったため、被災した保育士さんが立ち上がって、6ヶ月から2歳児を預かる施設を自主運営することになり、IVYが資金援助をすることになったのです。
 就労環境を整える上で保育所の整備は欠かせません。
 明日は、今まで働いてくれた現地の被災者の方々に感謝を申し上げるとともに、しっかり慰労してきたいと思います。

 さて、明日は、朝9時半から、ドキュメンタリー映画「第4の革命」の封切です。200人の座席に何人が入ってくれるのか心配です。その映画を見たらすぐ来るまで南三陸町へ行かなければなりません。
 そして、南三陸町での解散式・慰労会が終わるとすぐ上山に戻り、今度はまちCafeのスタッフの送別会です。
 なんともあわただしい一日になりそうです。事故を起こさないように行ってきます。
 

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2012年3月25日 (日曜日)

事の本質を見誤るまい

 昨日は、真室川町と温海温泉のものづくりグループの方々が上山に来てくれて、第4回目となる「やまがた元気な風展」の打ち合わせ会を行いました。
 今年は、昨年の真室川に続き、モノヅクリビトの祭典として、上山城の茶屋とその前の空間を使って、6/22~6/24に開催します。主催は、地元の上山まちづくり塾と先の真室川、温海のメンバーです。第1回目は上山で吉村知事を招いて賑々しく開催、今度が2度目の上山開催です。乞うご期待。

 さて、脱原発の映画「第4の革命」が、3/31~4/6まで山形市のフォーラムで上映されるのですが、券が売れていません。広報が悪いのか、映画への関心がないのか。危機感を持っています。マスコミの電力不足報道もあって、再稼働やむなしとなるのか瀬戸際というのに力不足を感じます。あと1週間で何とかしなければ。

 一昨日の夜、白鷹町で開催された、金子勝(慶大教授)の講演会に参加しました。あれだけエネルギッシュな講師の講演会は今まで経験がないような気がします。
 「せっかく来たんだから」と司会者の制止も聞かず、「帰る人は五月雨式に帰ってもいいから」と話を続け、休みなしで水も飲まず2時間ちょっとしゃべり通し。その後、質疑応答が30分。その後、著書へのサイン会。恐るべし、金子勝先生。真実を伝える伝道師たるもの、それくらいでなければ駄目かもしれません。
 その講演の内容ですが、演題は、「地域再生の道を探る~原発・TPPに頼らない未来」ということで、厳しい現状批判と未来への展望が語られました。
 ざっくりと私なりに講演のポイントを以下に書いてみます。
 『現在起きていることを大きな流れ(視点)の中で見る(整理してみる)ことが重要である。現在の日本の社会システムは、持続可能性がない。年金、財政、エネルギー、人口、限界集落・・・・・、これらは問題を先送りしているだけ。無責任体制の現れである。マスメディアも言説を検証しないで報道、それは国民をだましていることに等しい。小泉構造改革でもマスコミは旗振り役となった。構造改革なしに日本の再生はないといったが、結果は、GDPは低下し国際競争力は大きく落ち込んだ。今また大阪で変な動きがある。
 原発を再稼働しなければ電力が不足するというのは真実ではない、実は停止中の原発は不良債権であり、再稼働して収入を上げなければ経営が破産してしまうからである。TPPの狙いはアメリカのルールに従わせるというもの。グローバリズムでは日本社会は壊れてしまう。
 
 地球温暖化を阻止することは全世界の命題。今はエネルギー革命の時。再生可能エネルギーへの新しい投資を通じてデフレを脱却することが求められている。だから脱原発こそ景気回復への道である。従来の集中型大規模フレームから分散型小規模ネットワークフレームへと転換する時だ。キーワードは、安全、環境、健康、命』
 
 

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2012年3月19日 (月曜日)

原発は倫理に反する

 ドイツでは、2002年に脱原発の方向性を決めたのに、2010年になって科学者出身のメルケル首相は原発推進へと方向転換しました。しかし、昨年の大震災後にメルケルの指示で設置された「安全なエネルギー供給に関する倫理委員会」(4月4日から5月28日まで設置された)での議論を踏まえ、メルケル政権は2022年にすべての原発を停止する決断を下しました。
 この「安全なエネルギー供給に関する倫理委員会」は18人の委員で構成されているが、原子力の専門家は入っていません。哲学者、宗教家、社会学者、教育学者、科学者などです。委員会の結論は、「原発は倫理的でない。次の世代に廃棄物を残すリスクべきではない」として、社会の持続可能性、後世代への責任の面から10年以内に脱原発を達成すべきとしています。

 「原子力エネルギーのリスクは、福島の事故によって変化したわけではない。しかし、リ
スクの受けとめ方は、言うまでもなく変化した。大事故が生じるリスクが、単に仮説的に存在していたのではなく、そのような大事故は実際にも起こり得るのだということを、より多くの人が自覚するようになった。このようにして、社会の多くの人々のリスク受けとめが、リスクの現実に適合したものになった。リスクの受けとめの変化において重要な点は、以下の通りである。
 第一に、原子力事故が、日本のようなハイテク国家において生じたという事実である。これにより、ドイツではそのようなことは起こり得ないという確信は消失した」
 そして、「原発事故の規模を発生率によって判定するという技術的なリスクの定義は、原子力エネルギーに関する評価に対しては十分ではない・・・」と断じています。
 日本での事故を我が国のこととして脱原発を決めたドイツと、事故当事国にもかかわらず再稼動をめざしている日本の倫理的な差に愕然としています。

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2012年3月15日 (木曜日)

命を大事にすること

 大飯原発の再稼働が現実味を帯びてきました。あれだけの事故を越してもなお、原子力ムラは解体できないのか。危険性をチェックし規制する側と原発稼働を推進する側が、身内同士、すなわち泥棒が泥棒を取り締まるような態勢にあると言われています。
 長年にわたり構築されてきたものを解体したり変革したりするのは容易ではありません。
 政権交代しても変えられないのは、民主党の弱さでもあるのでしょうが、民主党を跳ね返すだけの既存の強固な構造体があるということでしょう。
 3.11後に何事もなかったように、また経済優先で物事が動くようでは、亡くなった方々に申し開きができないような気がしています。
 人間も生物です。生きていればこその生物です。生命を最優先にする社会を作りたいと思います。

 そんな暗い話の中、宇都宮市が中学校の学校給食のために全校に炊飯器を購入との情報が入りました。「食育を教育のどまん中に」を掲げる土佐の南国市以来の快挙かと思い喜んでいます。これと全く逆な動きをしたのが学校給食発祥の町、そして米どころの鶴岡市。自校給食をセンター化にするのです。そうなった以上、せめてご飯だけでも学校で炊いてほしいです。
 炊きたてのつや姫を子どもたちに食べさせる贅沢な給食、是非実現させたいですね。
 命を育む食を大事にすることは脱原発に通じます。

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2012年3月11日 (日曜日)

3.11 倫理が問われている日本人

 大震災で犠牲になった方々のご冥福を心からお祈り申し上げますとともに、被災者された方々に改めてお見舞い申し上げます。

今日は、郡山市で開催された、「原発いらない!3.11福島県民大集会」に参加をしてきました。開成山球場は外野席を除いて満席状態。
 路上には、あちこちに機動隊の姿がたくさん見られ、右翼の街宣車2台ともすれ違いました。写真にあるように、加藤登紀子さんの心のこもった歌、大江健三郎さんの真実を言い当てたスピーチ、そして6人の被災者の生の訴えがあり、涙を誘う感動の連続でした。
 このイベントに反対、攻撃する人たちも少なからずいるようです。この日は、追悼のために静かにお祈りすべきだと主張する方もいます。
 いろいろ主張はありますので、他人の心に土足で入り込むようなやりかたでなければ、それぞれがそれぞれのやり方で追悼してよろしいのではと思います。
 シベールアリーナで聴いて以来の大江健三郎さんのお話し。相変わらずユーモアのある話し方で、聴き手の心をしっかり掴んでいました。
 『今回の原発事故への対応は、「倫理の問題」(エシックスとも言ってました)が問われている、とるべきは倫理責任であると強調されておられました。これだけの事故を起こしながら、今、再稼働を主張している人たちは、倫理より経済を優先させていると』

 命を大事にしない民主主義国家などありえません。こんなことを書くとすぐ左翼という人がいます。県民集会も、左翼が福島を利用しているなどと言いがかりをつける人がいますが、そういう低次元の話しではないと私は思います。人間の生存にかかわる問題なのですから。
 人間の生存と相いれない核エネルギーよ、さようなら。
 これだけの大災害があって、世の中の価値観も何も変わらなかったら、それこそ亡くなった方に申し開きができないような気がします。
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2012年3月 8日 (木曜日)

知らないと損をする世の中

 一昨日、児童扶養手当が所得制限で受給できないとの相談があったので知人宅を訪問しました。話しを聴くと本人の所得でなく、同居している扶養義務者の所得が基準を超えるために全額支給停止になるとのことです。
 そこで、問題の扶養義務者の源泉徴収票を見てみると、被扶養者がいないので算定基礎となる所得額が高く基準額を超えるのでした。
 問題は簡単でした。扶養に取れる家族がいるにもかかわらず扶養をとっていないのです。だから還付申告をすればいいわけです。そうすれば、過年度分の税金が帰ってくるは、児童扶養手当ももらえるはで一石二鳥になるのです。一件落着。
 さて、私こと、今日e-taxで税金の申告を行いました。私の場合は、収入の増減や家族状況の変化により、今までも家族の誰を扶養するかを妻と分担してきましたが、税という基本的な仕組みを知らないために不利益を被っている方はかなり多いと思われます。
 以前、市職員時代に、保育所入所の面接を担当していて、扶養を組み替えるだけで保育料が安くなる方には還付申告のアドバイスをしていました。
 そのことによって年間ん十万単位の支出が節約できる場合もありました。「扶養は旦那に付けるもの」と信じている奥さんも多いようです。
 行政当局は、大々的に節税キャンペーンなどしないかもしれませんが、保育料をはじめ納税額が様々な制度を利用する上で基準となっていることが多いので、単なる節税の範囲にはとどまらないのです。
 法の下での平等から言えば、「知らないと損をする」というのはどうでしょうか。知識がないと、この世の中、損をするというのが現状かと思います。世の中の仕組みが複雑すぎるのかもしれません。

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2012年3月 6日 (火曜日)

山びこ学校の再評価を

 山元の佐藤藤三郎さんから、元屋敷部落で毎年行われている恒例のそば打ち体験塾のお誘いをいただきました。
 そばを食べ、酒を飲み、漬け物を食べおしゃべりに花を咲かせる楽しい会ですが、これもいつまで続けられることでしょう。
 地域が再生産されるためには、新しい命が産まれなければなりません。そこが問題です。以前、新聞のコラムの中で、子どもの姿をほとんど見かけなくなった村の現状について、「・・・今ある命を大切にし、新しい命の誕生を待ち望んでこそ前途に光が見える・・・」と指摘しておられました。
 藤三郎さんは、「山びこ学校」の中で卒業式の答辞を読んでいますが、この歴史的な名著である「山びこ学校」を読んだ上山市民は何人いるだろう?
 今年1月、社会教育学者の藤岡貞彦さんが山形市に講演に来た折りに、お茶の水女子大学の藤原正彦教授がゼミで「山びこ学校」を取り上げて、その講義録が「名著講義」として出版されたことをお話されました。
 今から60年も前の山村の中学生の作文が現代の秀才女子大生の心を揺さぶるとは、どういうことでしょうか。今でも高い評価を得て版を重ねている、山びこ学校。岩波文庫は昨年11月4日に第19刷が刊行されたそうです。
 藤原教授は、「本書(山びこ学校)はすべての人に読みつがれるべき名作と思う。舞台となった山元中学は過疎により、平成21年3月で廃校となった。たとえ学校はなくなるとも、そこに渦巻いていた先生や生徒の笑い、怒り、涙は、本書と共に、そこに永遠にある」と書いているそうです。
 読んでいない人には是非読んでほしいし、これからの山元の将来を語る上でも、廃校の学校の利活用を考える上でも、山びこ学校の再評価をすべきであると切に思うのです。
 市長が山元出身ですからなおのことです。

 沢庵禅師も、3代将軍家光がわざわざ寺を創建し迎え入れるくらいの当時の最高位の禅僧でありながら、上山市での扱いはありきたり。本来なら上山に来るわけもない高僧なのに、そのすごさが私も含めて正しく評価できていないのだと思います。(今年の11月17日に東北街道交流会議で沢庵禅師を取り上げることにしています)

 映画監督の小川紳介さんも、アジアのドキュメンタリー作家からは神様のように拝まれており、上山は聖地のように思われている、ということを聞いたことがあります。

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2012年3月 5日 (月曜日)

この機転~かっこいい

以下の記事は、フェイスブックで偶然出会ったのですが、実際にあった話しらしいです。実にすばらしい対応ですのでご紹介します。
50代とおぼしき妙齢の白人女性が機内で席につくと、彼女は自分の隣が黒人男性であるという事に気がついた。
周囲にもわかる程に激怒した彼女はアテンダントを呼んだ。
アテンダントが「どうなさいましたか?」と訊くと、
「分からないの?」とその白人女性は言った。「隣が黒人なのよ。彼の隣になんか座ってられないわ。席を替えて頂戴」

「お客様。落ち着いていただけますか」とアテンダント。
「当便はあいにく満席でございますが、今一度、空席があるかどうか、私調べて参ります」
そう言って去ったアテンダントは、数分後に戻って来てこう言った。
「お客様、先ほど申し上げましたように、こちらのエコノミークラスは満席でございました。
ただ、機長に確認したところ、ファーストクラスには空席があるとのことでございます」
そして、女性客が何か言おうとする前に、アテンダントは次のように続けた。
「お察しとは存じますが、当社ではエコノミークラスからファーストクラスに席を替えるということは通常行っておりません。しかしながら、或るお客様が不愉快なお客様の隣に座って道中を過ごさざるをえない、ということは当社にとって恥ずべき事となると判断いたしますので当然事情は変わって参ります」

そして黒人男性に向かってアテンダントはこう言った。
「ということで、お客様、もしおさしつかえなければ、お手荷物をまとめていただけませんでしょうか?ファーストクラスのお席へご案内します」

近くの乗客が、歓声をあげるのをその白人女性は呆然と眺めるだけであった。
スタンディングオベーションを送る者もいた。

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2012年3月 2日 (金曜日)

がれき反対と原発再稼動

 昨晩、がれき運搬に反対する、静岡県島田市民の姿をテレビで見ました。島田市は茶どころということもあり反対している人が多いのでしょうが、それは理解できることです。
 線量が低いから大丈夫だといくら言っても納得はしません。それは清掃工場の反対運動でもまったく同じでした。ダイオキシンは規制値以下だから大丈夫といっても「信用できない、絶対安全はない」と。
 昨日、東京都へは女川のがれきの搬出が始まりました。
 私がテレビを見ていて思ったのは、がれきにこれほどデリケートに反対をする人たちは、よもや原発の再稼動を容認しないだろうなということです。
 もしも、がれきは駄目だけど、原発の再稼動は許すというのであればちょっと論理矛盾かと思います。再稼働を認めるのは、おそらく原発事故はこの先絶対起きないという前提をおいて認めるということではないかと思います。まさか、事故が起きてもしょうがない、イチかバチか再稼働してみろという人はいないでしょう。
 今朝の新聞に福島県商工会議所連合会長が福島第二原発4基を再稼動し、その400万kwの電力を安く福島県内の企業に供給して復興に役立てることを提案、福島県の脱原発の方針を痛烈に批判していましたが、この人も事故が起きないことを前提にして話をしていますね。
 懲りない面々とはこういう人をいうのでしょうか。
 なお、原子力資料情報室では、「福島第二原発は、3号炉は翌日に、1・2・4号炉は3日後にかろうじて冷温停止にこぎつけた被災原発であり、大きなダメージを受けた施設なので、どこにどんな欠陥が潜んでいるかもわからない。このような施設を再稼働させようとすることは非常に危険である」と言っています。(世界2月号から)
 現実的な選択として火力発電が高くつくとしても、それはしょうがないことです。人間の生存よりエネルギーを優先する社会とは恐ろしいことです。

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